2008.2.5.

国立がんセンター/東京にて,科学技術振興調整費「アスベスト関連疾患への総括的取り組み」の平成19年度第1回運営委員会を催しました。

東京は2/3には積雪だったのですが,この日は,好天・・・少し暖かいくらいでした。

いつもながら
富士は絶景

少し雲がかかっていたけど


それで,どうせ一日仕事になっちゃうので(倉敷から出かけると・・)
少し早めに東京に入って・・・国立がんセンターは大江戸線/築地市場が,最寄駅
ならば大江戸線の近辺は,訪れても上手く戻れます。

ってことで,江東区清澄庭園に行ってきました。


一説には,江戸の豪商 紀伊國屋文左衛門の屋敷跡と伝えられているそうです。


一昨日の雪がところどころ・・・陰には残っていました。

 大正館
大正天皇の葬儀に用いられた葬場殿を移築・・・戦災で焼失。
で,昭和28年に,貞明皇后の葬場殿の材料を使って,再建されたものとのことです。

現存のものは,平成元年に全面改築が行われたものだそうです。

広い庭園です。

その後は,諸大名の下屋敷として用いられていたのが,明治11年に至って,岩崎家が所有するところとなり,同24年に和洋両館を含む大庭園になったそうです。



 名石が多く散りばめられていました。

岩崎家が自社の汽船で全国の名石を各地から集めて,園内に配置したものだそうです。


あずまやがあるのは,「中の島」です。

その向かいの鶴島には,渡れませんでした。


雪の残っているあたりは,小高く作ってありますが・・・富士山の見立てとのことです。

池泉には隅田川から水を導き潮の干満により庭趣に変化をもたせたり,潮入り回遊式築山泉水庭で,代償の島や磯渡りを造り・・・ということだったようです。


珍岩奇岩には,伊豆磯石,伊予青石,相州真鶴石,備中御影石,加茂真黒石,京都保津川石,讃岐御影石,根府川意思などだそうです。



九重塔がある辺りには,石仏群がありました。


見立てられた富士の辺りに,まだ,雪が残っていました。

  

大正12年の関東大震災後に,現在の庭園部分を東京市が寄付を受けて修復し,昭和7年一般に公開したそうです。


これは大きな紀州の青石です。


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さて,南側には,自由広場がありました。
  

花菖蒲田があります。
半分は,溶け残った名残雪で覆われていました。


広い場所です。そして,芭蕉です。

「古池や かわづ飛び込む 水の音」
この俳句を刻んだ石碑が園内に建てられています。


元は隅田川の岸辺にあったものを護岸工事の際に,移したそうです。


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さて,また庭園に戻って・・・涼亭の辺りです。


歩を進める度に,違った様式と美を見せてくれるのは,日本庭園ならでは,とも,思いますね。

 ところどころ残る雪が青空に映えます。

      

水鳥たちは・・・穏やかに,和んでいるように感じられます。
時に,羽をバタつかせたりしながら・・・・。


水面に映える涼亭です。



磯渡り・・と称して,池の端に石を度日とびに置いて,歩けるようになってます。
磯を渡るように歩を進めると,水面に映る木々の緑などや,池の魚など,景観の変化を楽しむように,しつらえられているそうです。

  雪見灯篭のある島は「松島」だそうです。


石橋で隔てられた水路は峡谷に見立てられていて・・・「長瀞峡」と名付けられています。
   鯉が遊びます。  

そんな感じで....   .  ....一周してきました。


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さてお隣も清澄公園・・こちらは街の広場でもあります。


冬の広場・・・冬の公園も,なんだか,寒いのに突き抜けた感じで好きです。


ちょうど,お昼休みは,人たちが思い思いに・・・佇んでいました。



そして,梅です。
    
「梅は咲いたか・・桜はまだかいなぁ・・・」
梅は咲いたよぉ〜〜〜〜〜


そして他にも寒椿や蜜柑や・・・



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すぐお隣の本誓寺さんです。

ここには・・・・・・紅梅!!

      

そんなに広い境内ではないですが,丹精に,端正になさってました。